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また過去のブログから引用

先日に続き、一寸、書いときたい戦時中の話が有るので記載しときます。
昭和19年3月31日、太平洋戦争中日本海軍が犯したミスの中でも、致命的とも云える出来事が起きたのですが、コレに関わる重要人物が救出された日が4月12日なんです。
その致命的な出来事とは、少しでも太平洋戦争をかじった事が有る人なら知ってる筈の『乙事件』が起きた日です。
詳細を書くと長くなるから簡単に説明すると、当時の日本海軍の司令長官古賀峯一大将(のち元帥)が、飛行機で移動中猛烈な台風に巻き込まれて行方不明となった日。以上終わり!!
終わって如何するorz

長い駄文に付き合ってくださる心優しき方は、↓の「続きを読む」をクリックしてください。




 昭和19年の3月下旬になると、西太平洋海域は連合国の攻撃を受けやすくなっていたため、日本海軍の第2艦隊はパラオに避難していたのですが、3月29日の昼頃に敵機動部隊が近辺海域を航行しているのを発見したことから、翌日に空襲があるのは必至と判断したため、連合艦隊司令部を戦艦「武蔵」の艦上からパラオの陸上へ移し、武蔵を含む第2艦隊は空襲を避けるためにパラオを出航したのですが、パラオの西水道で米潜水艦の雷撃を受け武蔵の左舷に魚雷1本が命中し損傷、損傷箇所の補強の後に修理のため武蔵は内地へ帰らなくてはならなくなったのです。
 そのため、パラオの陸上に置き去りにされた司令部は、乗り込む旗艦が無くなった矢先の翌30日に米機動部隊の空襲に見舞われ、先に内地に向かった第2艦隊以外にパラオの根拠地隊が強引に退避出航させた輸送船5隻を除いた、航空機147機、輸送船18隻、連合艦隊に付属するタンカー3隻、艦艇6隻(内タンカー3隻)を空襲により瞬時に失ったのです。
 この失った艦船の中には、米軍の最重要攻撃目標の一つであった工作艦「明石」が含まれ、貴重なタンカーも一挙に6隻も失ってしまったのです。

 この空襲は古賀長官にとって初めて経験するモノで、コレにより米機動部隊の空襲の凄まじさを実体験し、参謀長の福留繁も飛行機による攻撃の恐ろしさを初めて知る事となったのです。
 そして空襲の有った30日の夜、福留参謀長は連合艦隊の司令部をパラオからダバオへ移すことに決め、その為の飛行艇の手配をし、翌日の夕方には手配した大型の二式飛行艇2機がパラオに到着したために、幕僚の“慌てる必要は無い”との進言を斥けて、急いで司令官を含む司令部部員を2機の飛行艇に分乗させて、給油もせずに出発してしまうのです。

 しかし何故参謀長が慌てて飛行艇でパラオを脱出したのでしょうか?
 それにはいくつかの情報が関係していて、特に大本営からもたらされたとされる3月28日の【敵の大輸送船団がアドミラルティ北方を西に向かっている】と言う情報を重要視し、さらに31日の午後にはテニアンとグアムから飛び立った索敵機が、二群の敵機動部隊を発見していた事から、グズグズしていると翌日の朝一から空襲に巻き込まれると思い、大慌てでパラオから出発した様なのです。
 が、あとで調べると28日にもたらされたとされる電報は、大本営からは誰も発信しておらず、またパラオでも誰も受信していないと言う『幻の電報』で、事実とも内容が違っていたこの電報を何故参謀長が信じたのか謎なのです。

 それはそれとして、31日にパラオを脱出した飛行艇は運悪く2機とも猛烈な台風に遭遇してしまい遭難。
 古賀長官が乗る1番機は海面に激突したらしく、その存在は全くの行方不明となり、今もって不明のままとなってしまうのですが、福留参謀長の乗る2番機はダバオの遥か北方のセブ島沖に不時着、大破炎上し乗員が脱出後に機体は海中へ没しました。
 これにより、連合艦隊司令部の特別な要務を持っていた2・3人を除いた全員が遭難した事になり、司令部は事実上壊滅してしまうというトンでもない事態に陥ってしまうのです。
 しかも、タイミングの悪いことにこの時期は、日本が定めたマリアナ諸島・カロリン群島の絶対国防圏に米軍が手を掛けて来た時期で、日本にとって国運を左右する最大の危機にもなったのです。

 司令部が遭難したことで『軍令承行令』により、連合艦隊の指揮は古賀司令官の次席司令官である高須四郎南西方面艦隊長官が一時的に引き継ぎ、インドネシアのスラバヤにて将旗を翻したのですが、それによって連合艦隊の作戦指導が南西方面に片寄ってしまう事を軍令部(軍の中枢組織)は恐れました。
 軍令部は米軍がマリアナ・カロリンの線にかかってくるこの機会を千載一遇の好機として、全兵力を集結させて、敵を殲滅し戦局の挽回を図ろうとした「あ」号作戦の準備を急いでいる時期ということで、航空機を欲している高須長官が好き勝手に陸上の第一航空艦隊と海上の機動艦隊を西に移動したりしないようにと、軍令部次長を特使として高須長官の元に派遣し高須長官を説得していました。
 説得により長官も一応は納得したかに思われたのですが、4月の下旬になるとマッカーサー率いる軍がニューギニア北岸に進軍して来た為に、高須長官はジッとしている事が出来ず、第一航空艦隊と機動艦隊に対して、西部ニューギニアに居る敵船団の攻撃準備を命令してしまうのです。
 機動艦隊を預かる小沢長官は意見具申の形でこの命令を拒否しますが、第一航空艦隊の角田長官は命令だから仕方なく航空機を54機差し向けたのですが、角田長官がこの命令に文句をつけた事により、高須長官が怒って角田長官を叱りつけた為、軍内部で一時混乱を生じてしまいました。
 軍令部の仲裁によりこの件は落着しますが、高須長官は一旦握った航空機隊を手放す事は無く、最前線となるサイパンの南雲中部太平洋艦隊長官の手元には1機の飛行機も無いと云う最悪の事態となってしまうのです。

 話を戻して、先に書いた『乙事件』の本当の問題点は、司令部の壊滅よりも、海上に不時着した2番機の方にあるのです。
 司令長官及び司令部が行方不明になることも稀に見る珍事なんですが、この不時着した2番機から最高機密文書「乙作戦関係書類」がゲリラにより捕獲され、米軍の手に渡ってしまうという最悪の事態を招いたのです。
 この機密書類には「作戦要領」と「作戦指導腹案」が含まれ、両方とも軍機(軍の最高機密)の指定を受けており、特に作戦指導腹案には3月10日現在の実兵力、4月末までの兵力増強の詳細、その兵力の移動集中、攻撃方法、攻撃目標等の日本海軍の作戦構想の一切が示されていたことから、「あ」号作戦(マリアナ沖海戦)以降の作戦は、戦略面に於いて米軍に筒抜けとなってしまうのでした。
 さらに問題なのが、この事件の当事者である2番機乗り込みの福留参謀は生存しており、ゲリラの捕虜となっていたのですが、そのゲリラは日本の陸軍に完全に包囲されていたため、4月12日に陸軍が包囲網を解く事で捕虜を解放するという交換条件で参謀は解放されて、無事に生きて日本へ帰る事が出来、18日に海軍大臣官邸で事件の報告を行ったのです。
 その後、事情聴取が行われたのですが、参謀が捕虜になったかどうかを調べることに集中し、機密文書がどういった形で処分され米軍の手に渡る可能性が有ったかどうかと云った肝心な部分は誰も問題にせず、参謀が捕虜となった件が不問に付された際に、機密文書の問題まで一緒に不問に付されてしまったのです。
 もしココで機密文書の行方に付いてはっきりさせていれば、暗号文書や作戦を考え直す必要に迫られて、後々の戦闘も変わって行ったと思われるのですが、ミッドウェー以降、軍上層部へ責任追及がなされなくなってしまい、海軍の身内への甘さがココでも出てしまった事は誠に残念で仕方が無いですね!
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葛城雪風

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